霊の戦いは現実世界でも繰り広げられています。今の世の中を知れば知るほど、悪魔が実際に存在すると確信します。あるクリスチャンは霊の戦いは血肉の格闘ではない、という一点に終始します。しかし、現実世界で悪の勢力があからさまな攻撃を仕掛けています。その対応と対処も必要という事を無視します。
イエス様は敵を愛せと言いました。同時に神の国とその義をまず第一に求めなさいとも教えました。愛と正義の両輪が必要です。そして邪悪な勢力は血肉によって我々を攻撃します。およそ常人の脳では考えられないほどの邪悪な方法で。
イエス様は子供をつまづかせる者は、首に石臼を括り付けられて湖に沈められて死んだ方がマシだとすら言いました。我々は誰が子供をレイプし、拷問し、殺し、その血を飲み、最高のエクスタシーを味わい、自分の血液と交換し、若さと美を保っているか知っています。あるいは男児とのセックス楽しむ宗教を知っています。
霊の戦いは現実の戦いにも反映されます。あからさまな悪に対し、その現実を知ろうとすらせず、見て見ぬふりをする者は悪に加担する共犯者です。まして、その事実を知りながら、自分の仕事のために何の声もあげない者も同罪です。
つまり、霊の戦いは否応なしに、正義の側に立つのか、悪魔の側に立つのか、振り分けられる事なのです。一度その現実を見てしまったら、もはや見なかったと嘘をつく事すらできません。
また、この戦いに参加するほど、霊の戦いである事に気付きます。神の側に立って戦いながら、神様に出会う人もいます。特にアメリカの若者が今、爆発的に無神論から信仰者へと変えられています。チャーリー・カークの死から特にその運動が加速しました。
彼が指摘した通りの現実が展開されています。無神論=リベラルがイスラムと結託し、信仰者を攻撃する。これが霊的戦いです。

