バックミラー
フィッシュ&チップスの何が良いのか理解できぬ後味の悪さを残しつつ、カムリに乗ってミリタリー・ロードからラグラン・ストリートに入って坂を下る。道なりに降っていけば、バルモラル・ビーチに辿り着くのは知っている。曲がりくねった坂道は、途中で狭くなったりして、一体どこに向かうのかと初めて通った時は不安になったのを覚えている。今回もそうなのだが、何度かカーブを通り過ぎた後、一瞬真っ青な海が顔を出すと、その不安は吹き飛ぶのだった。
周りは樹齢100年はあろう大樹が生い茂っている。所々パームツリーも生えているが、カリフォルニアの細長く背の高いタイプでなく、背が低くて図太いやつだ。シドニーはカリフォルニアと違い、自然な緑が豊富だ。カリフォルニアは元々砂漠だったので、緑といえば人工的に手入れされた庭しかない。
またシドニーの家はほとんどが煉瓦造りで、古い家が多い。そのためビーチエリアとはいえ、景色はカリフォルニアとはかなり異なる。両方好きだが、景色だけなく治安も鑑みると、シドニーに軍配が上がる。
春といっても日差しは強く、土曜のランチを終えたドライブは窓を全開にせずにいられない。吹き上げて来るひやっとした海風が心地よい。新緑の輝きと、時折姿を覗かせるバルモラル・ビーチ。運転に気をつけながらも、久しぶりにリラックモードに陥る。そして隣にはUさんがいて、ジョビンのオーケストラはこの映画のサウンドトラックとなっている。
坂を降り切ると、バルモラル・ビーチに突入する。ビーチフロントのエスプラナードのパーキングは土曜の午後は満車で、天気も良いせいか、既に泳いでいる姿も見える。通りの左手にある、もはや過去となったあのカフェもまた、空き店舗となっていた。その右手にはパビリオンが芝生の中にあるのだが、その側にできた大きめのレストランが海の景色を遮る。
ビーチフロントを左折し、アワバ・ロードを登り、帰途につく。初めて視察に来た時、この通りを下るパノラマに圧倒されながらシドニー行きを決めたのだった。あの頃はただ美しさに見惚れて惹かれて、ここへやってきた。今、色んなものを背負いながら、この坂を登っている。バックミラーに収まる景色はとても小さいのだけれど、懐かしさも伴いながら、なおも僕を魅了してくれるのだった。